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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2768号 判決

控訴人(第一審被告) 板橋順

右訴訟代理人弁護士 白垣政幸

被控訴人(第一審原告) 高橋博一

右訴訟代理人弁護士 斎藤治

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人と控訴人間の原判決別紙物件目録記載の土地に関する賃貸借契約の賃料は、昭和四八年八月一日以降月額二万二〇〇〇円であることを確認する。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じて控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加訂正するほか、原判決事実欄の記載と同一であるから、これを引用する。

1  原判決三枚目裏一〇行目「三・三平方メートル当り月額九〇円」を「一平方メートル当り月額四二円五四銭」と改める。

2  (控訴人の当審における付加陳述)

控訴人夫婦は、本件土地で園芸ができることが前提で昭和一五年に賃借したもので、被控訴人の先代幸吉は、そのことを知って本件土地の南側には、建物殊に二階屋を建てないと約束していた。それにもかかわらず、同人は、借地関係の紛争から控訴人に悪意を抱き、あえて本件土地寄りにアパートを建てて日照を阻害するなどしたもので、その阻害等の状況は、近隣に比べて著しいものがある。また原審における鑑定人小林秀嘉の鑑定は、右の日照その他の環境の悪さを無視し、とるべきでない算定方法を採用し、基礎となる公租公課の額を誤るなど、鑑定として採用に値しないものである。本件の場合の賃料は、比隣賃料より低くなければならないのであって、このことと、地価スライド、利廻方式による各計算値などを考慮して総合判断すると、公租公課の二倍すなわち月額平方メートル当り四二円五四銭とするのが最も妥当である。

3  (被控訴人の右に対する反論)

控訴人主張事実を否認する。本件土地の日照等についての控訴人の主張は、三〇余年の昔に戻って賃貸借当初と同じ環境を要求するもので無理な注文というべきである。本件の賃料は、原判決認定の額でも近隣と比較して一段と低いのであって、不当なものではない。

4  (証拠)《省略》

理由

一  原判決事実摘示中の請求原因1の事実及び本件土地の従前の賃料額が昭和四一年四月以降三・三平方メートル当り月額三〇円であったこと、被控訴人が控訴人を相手方として昭和四八年七月二四日渋谷簡易裁判所に賃料増額の調停申立をしたことは、いずれも当事者間に争いがなく、本件弁論の全趣旨によれば、被控訴人は右調停の申立てに際し、控訴人に対して、本件土地の賃料を三・三平方メートル当り月額二二五円に増額する旨の意思表示をしたことが認められる。とすれば、右増額の意思表示の効果は、翌月分である同年八月一日から生じるものと解するのが相当である。

二  本件の従前の賃料が定められた後右の増額請求までに、地価が高騰し、公租公課が増額された事実は証拠により認定するまでもないところであって、賃料増額の要件が存在することは明白である。そこで、前記増額の意思表示があった時点での適正な賃料額について検討すると、次の事実が認められる。

1  《証拠省略》によれば、被控訴人は、本件土地に隣接する四一坪及び四五坪の宅地を住居用地として他に賃貸しているが、その賃料は、いずれも借地人との間で昭和四八年七月以降三・三平方メートル当り月額二五〇円と協定されたことが認められる。

2  《証拠省略》によれば、本件土地の近隣地域における賃料の水準は、昭和四八年七月当時、三・三平方メートル当り月額二〇〇円から三〇〇円の間にあったものと認められる。

3  《証拠省略》によれば、本件土地の昭和四一年四月以降三・三平方メートル当り月額三〇円の従前の賃料は、その当時の近隣の賃料と同額に協定されたものであるが、この額は、当時の公租公課の三・一二倍に当ること、また本件土地の近隣では昭和四八年当時賃料は公租公課の三・五倍程度が通常であったこと、昭和四八年当時の公租公課額一平方メートル当り月額二一円二七銭に右倍率をかけて算出すると三・三平方メートル当り月額二一八円九九銭(三・一二倍の場合)及び二四五円六六銭(三・五倍の場合)となること、以上の事実が認められる。

4  《証拠省略》は、昭和四八年七月一日の時点における本件の適正賃料を三・三平方メートル当り月額二一八円二九銭、本件土地全部で月額二万三〇〇〇円と鑑定している。控訴人は、右鑑定は採用に値しないと主張するけれども、右鑑定は、積算賃料の基礎として、土地の取引価格でなく、物価指数と地価指数の双方によって右価格を修正した数値を用い、比準賃料にも考慮を払い、またその他の要素も考慮して比較的に控え目な賃料額を算出する方法をとっていることがうかがわれ、控訴人が指摘する点についても、《証拠省略》によれば、いずれもそれらの点を考慮に入れて鑑定人の判断で結論を出したものであると認められ、右鑑定の価値に関する控訴人の批難は当らないものと認められる。

5  《証拠省略》によれば、昭和三二年に本件土地の南側に隣接して被控訴人所有の二階建アパート二棟が建てられ、このため、控訴人方住居は本件土地の北端まで移築されたにもかかわらず、右住居の南側の庭及びその一階の一部分について、南方からの日光がさえぎられ、東方及び西方からの日照をうけるのみとなっていること、又右の庭のアパートに近い部分は、全く日照を受けないこと、そのうえ右アパートからの臭気、埃などで、アパートが建てられた昭和三二年以前よりは環境が悪化していること、以上の事実が認められる。

6  《証拠省略》によれば、控訴人は、本件土地を自己の住居用としてだけでなく、本件土地の一部に小規模のアパートを建て他に賃貸して収益をあげるためにも使用していることが認められる。

以上1から6までの事実を綜合して判断すると、本件土地の昭和四八年七月一日以降の賃料は、月額二万二〇〇〇円(三・三平方メートル当り月額約二〇八円)とするのが相当であると認められる。

なお、控訴人は、被控訴人の先代幸吉が控訴人に本件土地の南側には建物を建築しないと約束したとか、あるいは右部分に私道を開設する約束をしたとか主張するが、これらの主張事実を認めるに足る証拠はない。又、右幸吉が、控訴人に悪意を抱いて、控訴人を困らせるために前記アパートを建築したもので、そのために従前の建物を移築するなどの多額の出費をしたと主張するのであるが、幸吉が控訴人主張の意図をもって右アパートを建築したものと認めるに足る証拠はないばかりでなく、右の控訴人主張の出費について右幸吉に賠償の責任が仮りにあるとしても、それらの出費はその性質上一時的なもので、賃貸借の期間中常に生ずるものでないから、損害賠償として請求するのはともかくとして、賃料の額についてはそれらの出費を考慮すべきものではない。

控訴人は、乙第五号証として鑑定書を提出しており、その結論は、前記認定と異なるのであるが、前記1から6までに認定した事実を綜合して考えると、右鑑定書の結論として出された額は、低額にすぎるので採用できない。以上の他前記認定判断を左右するに足る証拠はない。

三  よって、被控訴人の請求は、昭和四八年八月一日以降の賃料につき月額二万二〇〇〇円であることを確認する限度で認容し、その余の請求は棄却すべきである。従って、結論を異にする原判決を右のとおり変更すべきものである。

訴訟費用の負担について、民事訴訟法九六条及び八九条を適用する。

(裁判長裁判官 松永信和 裁判官 糟谷忠男 浅生重機)

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